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2012年10月

2012年10月 7日 (日)

親のありがたみって…

どこかで以前にも書いたかもしれないんですが…。

親が昔8ミリで、小さかった私と弟の映像を撮っていたんですね。
特に弟が生まれてからは、母にかまってもらえなくて「赤ちゃんがえり」をする私の姿もあり、姉としては恥ずかしい気がしてました。

昔のことだから、今みたいにばんばん撮れないし、再生するのもビデオやPCにつないだりしてすぐ見られるようなものではありませんでした。
夜にカーテンを引いて真っ暗な部屋で、押入れのふすまをスクリーンにして、映画館みたいにして映し出してたものでした。
映写機からか、それともフィルムからか、独特の匂いが部屋に漂ってました。
たまに父親が休みの夜、それを一家で見るのが楽しみでした。

だけど、年月の経過に伴って、そんな時間もなくなってきました。
映写機自体も古くなって調子が悪くなったのかもしれません。
高価なモノだろうに、それにせっかく撮ったものなのに、貴重な記録が見れなくなってしまうのは勿体ないとも思いつつ、いつしかその存在も長い間忘れてしまっていました。

つい最近、「8ミリをDVDに焼いたよ。」と言って、それを親からもらいました。
弟の結婚がきっかけになったのかもしれません。

だけど、私は一回もそれを再生すらしていません。
嫌なわけではありません。
むしろ、うれしいのです。
それをもらったこと自体に満足してしまったのか、それとも、いつでも見れるものだから、と安心してしまったのか。


きっと、親もそんなものです。
「存在してくれること自体が既にありがたい」
だけど、親も歳を重ねていきますし、生きている以上どんな事態が起こるかわかりません。

「別れの日」はいつか確実に訪れます。
突然その日が訪れるのか、それとも少しずつ実感するものかどうかはわかりません。
せめて、後悔のないようにしたいものです。


また、自分の子どもにもなかなか会えずにいますが、
「生まれてきてくれて、元気でいてくれること自体が既にありがたい。」
ということも感じてます。
子どもにはがきを送ったりしていますが、見ているのかいないのか、一度も返事が来たことはありません。
だけど、子どもも「母ちゃんが存在してくれることだけで充分」と思ってくれていたら、それはそれでいいような気がします。


…かといって、「単独親権制度」「親子引き離しにおとがめなし」な現状でいいというわけではないんですけどね。

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