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2013年12月31日 (火)

今年を振り返って、そしてまた来年。と思ったけど。。。。やっぱり年末のあの事件について

お陰様で、今年も無事に生き延びることができました。
個人的には今年も波乱万丈でしたが、孤独な立場になってからは特に、健康で日々を過ごすことができるありがたみをひしひしと感じます。
年齢を重ね、何でも若い頃のようにいかなくなってきたからでしょうか。

暮れに悲しいニュースを耳にしました。
小学校の校庭で、別居中の父親が子どもを巻き添えにし、自ら命を絶ったという事件。
この父親は離婚調停中だったとか、子どもとの面会交流が制限されていたというようなことが報じられています。
あまりの惨さに言葉も出ませんでしたし、それ以前にしばらくの間思考停止してしまいました。
その後、色々な思いが自分の中に沸き起こってくるのを感じました。
あくまでも個人的な考えを述べさせて頂きます。

「ほら、こんなことをするような親だから、離婚にもなるし、子どもとも会わせてもらえなかったんでしょ。」
という風に世間からは見られるんだろうな、という思いがまずありました。
このことで、別居親に対する世間の見方は益々厳しくなるのだろうな、と感じました。
こういうことをしでかす親は、子どもに会わせてはならない、というのが人としての自然な思いでしょう。
母子家庭での親子心中事件も度々報じられていますが、どんなことがあっても、我が子を手に掛けることが許されるはずはありません。

その一方、「いつかはこんな事件が起こってもおかしくはない状況だな。」ということも何となく感じていました。
毎日を一緒に過ごし、大切に思っていた子どもと理不尽に引き離されてしまった親は、まるでこの世の終わりの如く、苦しみにのたうち回ります。
子どもに会いに行くこと、育児に関わろうとすることなど、今まで親として当たり前だったことをしようとすると、逆に犯罪者、不適格な親に仕立て上げられてしまう現実もあります。
そんな状況下で正常な精神状態を保つことのできる親は、まずいないでしょう。
だからと言って、このような行いをするのは言語道断ですし、ほとんどの親は平常心を取り戻す努力をするし、子どもの親として恥ずかしくない行いをしよう、という方向に進もうとするはずです。
しかし、本当に精神を病んでしまうと…。
そうなる前に、何か救いはなかったのでしょうか?

「もし仮に、夫婦が別れても育児はこれまで通り共同で行うし、親子面会の制限もされない」という世の中だったら、このような事件は起こらなかったかもしれない、とも思います。
普段から子どもに会えて、育児にも関わって行くことができていれば、この父親も病むことはなかったでしょうし、「会わせてもらえないなら、連れ去ってくるしかない」というような、世間でよくある「実子誘拐事件」もなくなるのではないかと思いますが、甘いでしょうか。

残されたご家族のことを思うと、本当にいたたまれないことです。
愛する子どもの存在を、実に酷いやり方で永遠に奪われるという仕打ちは、想像に絶します。
また、この事件で「うちは大丈夫なんだろうか」と心配になる方も多いことでしょう。
そうなると、どうすれば防げるのかという話になるのでしょうが、別居親である私の立場からは「頻繁に面会交流を実施して、別居親が子どもと関わる機会を作ることが有効」と断言したい気持ちでいっぱいですが…難しいですね。

この事件の原因も、親自身の問題、法や制度の問題、社会の問題が絡み合っているのでしょう。
どれ一つが悪いとか、どこかだけ直せばいい、とかじゃなくって。
自分自身の中でも、色々な思いがあってすぱっと簡単に言えるものではありません。

ただ、非力な一人の別居親としては、「親として子どもに恥ずかしくない存在になりたい」「子どもがこの先人生を幸せに歩んでいくために、親として最大限応援したい」という願いに行き着くのです。

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