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育児

2010年3月17日 (水)

お誕生日おめでとう。

今日でキミも6歳を迎えましたね。

6年前の丁度今頃、キミはかーちゃんのお腹から出てきたんだったね。
手術台の上で、キミの元気な産声を聞きました。
お腹から出てくる瞬間を、とーちゃんも心配して、ずっと見守ってくれました。

「親父やぞ」
普段あんまり感情を出さないとーちゃんが、嬉しそうにキミに語りかけていました。
「ずっとアタシのお腹の中にいたのは、アナタだったのね?」
キミの顔を見て、かーちゃんはやっと安心しました。

帝王切開で産んだので、しばらくの間、身動きが取れなかったかーちゃん。
お腹の傷の痛みが凄くて、寝返りすらできなかったけれども、キミの顔見たさに、ナースコールを何回も鳴らして
「ウチの子を部屋に連れてきてくださ~い」と頼んだことを思い出します。
(病院勤めをしている今では、何と迷惑な患者さんだっただろうと思いますが。)

キミを抱っこすると、ふわふわして、小さくて、ずっとずっと離したくないという気持ちになりました。
でも、体力がなくなっていたかーちゃんには、キミの出生時3435グラムの重さが、ずっしり来ました。
「お腹の傷が開かないように、あまり重いものは持たない方がいい」
と看護婦さんに言われたかーちゃん。
「なら、赤ちゃんは持たない方がいいですか?!」
と聞いてしまい、看護婦さんに笑われてしまいました。

痛み止めの変な副作用や、お腹の傷の痛み、おしっこの管の違和感の中、かーちゃんはキミの顔を見るたびに
「なんてかわいいんだろう」
とついつい笑顔になってしまうのでした。
泣いてもかわいいとはいえ、おむつ換えや母乳でもなかなか泣きやまなかったキミ。
「ほら、飲み放題よ」
母乳をあげながら、ちゅぴちゅぴっと口を動かすキミの顔に、ついついにっこりしてしまいました。

今はすぐそばにはいられないけれども、心はずっと、キミに寄り添っていきたいと思っています。
生まれてきてくれて、ありがとうね。
かーちゃんは、キミに出会えて、とってもとっても幸せです。

2010年2月26日 (金)

「とーちゃんとかーちゃんは、仲良し?」

「夫婦喧嘩は子供に見せるな」という金言があります。
しかしそれを拡大解釈して、「子供の前で夫婦喧嘩ばかりするくらいなら、離婚したほうがマシよね」ということで、安易な離婚が増加しているような気がしなくもありません。
それはさておき。

私も夫と同居中、幾度となく夫婦喧嘩をすることがありました。
当時は別に深刻な問題ではなく、単に小さな意見の相違から、言い争いになることもありました。
いつの間にか、お互いにヒートアップしてきて、声が大きくなってくると…
それを目の前で見ていた息子が、私たちに負けじと、「うぁ~じゃこ~じゃうぁ~!」と、なんとも表記し難いような、大きな声でわめくのです。
まだ言葉もしゃべれない位、小さな頃の話でした。
それを見た私たちは、おかしくなっていつの間にか笑いだし、喧嘩していたことなんてすっかり忘れてしまうのでした。

そして、つい最近のこと。
別居生活も長くなり、私たち夫婦は直接顔を突き合わせて喧嘩することもなくなっていました。
が、前々回くらいの面交終了後に、話の行き違いから、夫と言い争いになってしまったのです。
調停でしていた約束事を、夫は了解したつもりはない、というような、ちょっと微妙な話でした。
私もついムキになってしまい、「ちゃんと約束は守ってよね」的なことを、何度も夫に求めたのですが、話は平行線のまま。
夜のファミレスの駐車場で、先に車に乗った息子が、気がつくと私たちのことを心配そうに見ていました。
「大人の喧嘩は、こわい」
別れ際にこそっと、息子はつぶやきました。

「夫婦喧嘩は子供に見せるな」
一人暮らしも長くなり、望んではいないけれども育児から遠ざかってしまっていた私は、すっかり忘れていました。
約束を守らない夫に対する怒りよりも、息子の前で喧嘩をしてしまったことに対して、かーちゃんは猛反省です。

そして、つい先日の面交のときでした。
待ち合わせのファミレスの駐車場で、夫と息子の乗った車が停車すると、まず夫が私の車のほうへ向かって歩いてきました。
「今日はどうしても仕事があるから、1時間くらいで帰らなければならない。その代わり、次回は時間を延長するから」
という旨のことを私に告げました。
もちろん、ここで「急に何を言うのか。だったら息子だけでも、長く居させなさい」という風に言う事も出来たのでしょうが、まず私の胸によぎったのは、夫婦喧嘩を目の当たりにした息子の、不安そうな顔でした。
今回は、「うん、わかった…」と、夫の言葉を呑みました。

「とーちゃんとかーちゃん、今日は仲良しなの?」
そういう息子の顔は、なんとなく嬉しそうでした。

そりゃあね。
仲良く暮らしてきて、子供まで授かった夫婦だもの。
でも、今は事情があって、一緒に暮らせなくなってしまったの。
今は仲良くはできなくなったかもしれないけど、そんな風に言われたら、喧嘩はしないほうがいいような気がしてくるよね。

結婚も離婚も復縁も、相手があることですから、一人では進められません。
でも、夫婦喧嘩を続けることによって、息子の心を痛めるようなことはしたくないよね…とお互いに思う事ができれば、物事が良い方向に進むことができるような気がするんです。

2010年2月19日 (金)

近頃、「読書ボランティア」というものがあるんですね。

今春から、息子も小学校入学です。
新しい紺色のランドセルを買ってもらって、息子は入学を心待ちにしているようです。
今度の面会のときには、名前シールを作って持って行ってあげようかな、とjかーちゃんは思っています。

そういえば、近頃「読書ボランティア」という制度があるようですね。
保護者や地域の方が、子供たちに学校で絵本の読み聞かせをするものだそうです。
息子に絵本を選ぶ参考にしようと思って、情報を集めていたら、こんな記事に出会いました。


読書ボランティア「オハナシマン」 大津小で読み聞かせ

大津町の大津小に26日、ユニークな黄色い衣装の「オハナシマン」が登場し、2年1組の児童35人を絵本の読み聞かせで楽しませた。

 正体は保護者の坂本健一さん(38)=同町灰塚。昨年4月から月2回、読書ボランティアとして活動している。

 「語りのうまさは、お母さんやおばあちゃんたちにかなわない」と、ヒーローに扮[ふん]することを発案。町特産のカライモ畑からやって来たという設定で、衣装の黄色は、ほくほくのカライモをイメージしたという。

 町の銘菓・銅銭糖にかけた「ドーセントオッ!」の掛け声で登場。子どもたちがおしゃべりをやめると胸の「874」のエンブレムにエネルギーがたまり、中から絵本が現れる。必殺技「お話タイム」で、子どもたちに優しい心を届ける。

 この日は「さつまのおいも」「いいからいいから」の2冊を披露。身ぶり手ぶりを交えたユーモアたっぷりの読み聞かせに、子どもたちは目を輝かせた。

 坂本さんは「読み聞かせをする父親は少ないが、絵本に触れ、学ぶことも多い。ほかのお父さんたちも挑戦してほしい」と話していた。(田川里美)

http://kumanichi.com/osusume/hotnews/kiji/20100127001.shtml


いいな、こういうの。好きです。
地域限定ヒーロー風なのも、とってもそそられます。
息子の小学校にも、こんなおもろいヒーローさんが来てくれたら、喜ぶだろうな~。

まあ、そんな感じですが。
私もこれからも、息子に絵本を届けていきたいな、と思います。
そういえば、私自身も近頃読書離れが進んでいて、読む本は「絵本」ばかりだということに気がつきました。
ショッピングモールの大型書店に出向き、絵本を選んでいると思わぬ「名作のトラップ」にかかり、気がつくと人目もはばからず涙を流してたりすることも多々あります。
でも、面交のときは、笑いながら読める楽しい本を選んであげたいな、と思います。

…思い出しましたが。
先日、ネットカフェにこもって、「のだめカンタービレ」全巻を読破したら、6時間かかりました。
いくら面白いマンガでも長時間読むのは、なかなか骨の折れる作業でした。

2010年2月11日 (木)

心豊かに成長してほしい。…「PAS」を考える

愛する子供と離れて暮らす親にとって深刻な問題の一つに、「PASの発症」があります。
「片親引き離し症候群」という言葉でも知られ、最近は認知度も上がってきているようです。

簡単に言えば、両親の離婚などで、離れて暮らすようになった親のことを、子供が忌み嫌うようになるということです。
子供を引き取った側の親や周囲の人々が、もう一方の親のことを悪く言うことによって発症するともいわれます。
離婚時の夫婦の葛藤がそのまま子供の前でも憚ることなく口に出され、両親の離婚などによって不安定な状態にある子供は、引き取られた側の親の偏った意見に従わざるを得ない、ということも起きています。

最近、心の痛む話を耳にしました。

「離婚して血縁関係がなくなったんだから、もう僕につきまとうのはやめて。」
久しぶりに息子さんと面会を果たした女性の方は、このように信じられない言葉を耳にしたそうです。
面会といっても、監護親側数人の監視下で行われたそうです。
…そんな中では、息子さんも本当に言いたいことをお母さんに言えるはずがないことでしょう。
また、一緒に暮らしていた頃からは考えられないような、とても険しい表情をされていたそうです。

想像するだけでも、とても悲しいことです。
小さいころから、しっかりと親子の絆を築いてこられたお母さんのことですから、きっとPASを解く方法はあるのだろうとは思いますが…。
このお母さんも、息子さんの変わりように心を大変痛めつつも、息子さんへの変わらぬ愛情を、折に触れて伝えていきたい、と願われています。

私は考えます。
子供に別居親の悪口を吹き込むこと。
それは、一緒に暮らしてきたときの楽しい思い出や、心温まる親子の絆までをも否定する行為ではないか、と。
大切な親の存在を、もう一方の親によって否定されれば、子供の心は不安定になってしまうことでしょう。
そして、子供なりに「安定」を求めるために、一緒に暮らしているほうの親に心情的に従うことを余儀なくされることもあります。
「お父さんは自分たちを置いて出て行ってしまった」「お母さんなんて、もう知らない、赤の他人なんだ」などと。
それが「PAS」という形で表れてしまうのです。

そして。
自分の息子が、もし仮にPASに侵されていたら…と思うと、居ても立ってもいられません。
かつて一緒に読んだ絵本、一緒に笑いながら見たテレビ、そして一緒に過ごした幸せな日々のことすらも、息子の心の中では「悪い親と過ごした忌まわしき日々」と片づけられてしまう事になるのでしょうか?

「三つ子の魂百まで」という言葉があります。
私が息子と過ごしたのは、3歳までのことでした。
わずかな間ではありましたが、私は息子と精一杯心を通わせてきたという自負はあります。
世の中の色々なことに興味を持ち、周りの人々に優しさを与えることのできる人になってほしい…という気持ちで、未熟ながらも子育てに取り組んできました。
「心豊かな子供に」という言葉をあちこちで耳にしますが、本当にその通りです。

親の離婚によって、片方の親に対して憎しみや怒りを抱くようになる子どもたち。
果たして、それが子供の豊かな心を育むことにつながるのでしょうか?
離婚率がますます高まっていく現代において、親を憎む子供が増えていくようなことがあるとすれば、とても寂しいことなのではないでしょうか?

「親はなくとも子は育つ」という言葉があります。
確かに時間がたてば子供は成人するし、その言葉通りに進む事例があることも聞いています。
でも子供にとっては、一人でも多くの人から愛情を受け取りながら成長するということは、大切なことなのではないでしょうヵ。
たとえ親が離婚しても、「いつもあなたのことを気にかけているよ。」「困ったことがあれば、親としていつでも力になるよ」という言葉を、いつでも子供たちにかけてあげたいものです。

2010年1月19日 (火)

子鉄とママ鉄。

朝、何気なくテレビをつけていると、「ママ鉄」という言葉が聞こえてきました。
何でも、「子供と一緒に鉄道を楽しむママ」という意味だとか。
近頃は、鉄道好きの親子で楽しむための情報本も出ているのだそうです。

私の息子も、ご多分に漏れず 「子鉄」への道を歩んでいました。
幼児向けの写真百科のような本で、蒸気機関車の写真をみながら「じょうききかんしゃ」と読んでやると、まだ2歳くらいだった息子はケラケラと笑うのでした。
お花や動物などの他のページには興味を示さなかったのに、とても不思議でした。
お気に入りのアニメは「銀河鉄道999」、好きな玩具は「プラレール」、休日の過ごし方は「電車を見に行くこと」、得意なものまねは「蒸気機関車の汽笛」、将来の夢は「車掌さん」と、息子の興味は鉄道一色でした。
私自身も「青春18きっぷ」などを使って旅をしたり、色々な場所に出かけて行くのが好きだったりしたので、息子の興味と見事にマッチし、しまいには自分が「鉄子」を名乗るようにもなりました。
イベント運行される蒸気機関車、街で走るチンチン電車、目の前をあっという間に過ぎ去っていく新幹線…
息子と一緒に楽しんだ列車は、数知れません。

あと、忘れられないのが「旅するハイビジョン 全国百線鉄道の旅」という番組です。
まるで自分たちが鉄道で旅をしているかのような臨場感と映像の美しさで、息子も私も画面にくぎ付けでした。
番組内で紹介された「SLばんえつ物語号」の回が親子でお気に入りで、いつか一緒に乗りに行きたいね、と話していたこともありました。
ただ、列車が運行される磐越西線までたどり着くのは、私たち親子にとっては、夢のまた夢でした。
息子がもう少し大きくなったら、いつか…と願っていましたが、果たしてこの夢が叶う日が来るのでしょうか。

息子と離れて暮らして2年余り。
別れたとき、3歳だった息子ももうすぐ小学生になります。
息子の興味は鉄道から、次第に車や飛行機などに移っていったようです。
その移り変わる瞬間を、間近で見守ることが出来なかったことが、母としては切ないです。
でも、「子鉄とママ鉄」として、家族で楽しんだ思い出は、いつまでの温かく私の心の中に残っていることでしょう。

朝の番組では、このような言葉で締めくくられていました。
「お母さんが心から楽しむことが、子供にもいい影響を与える」のだとか。
私自身も、珍しい車両や素晴らしい景色を無邪気に楽しんだあの日々の中で、息子の心に何かを残すことができたのでしょうか。

そして、「念ずれば叶う」「紙に書けば願いはかなう」という言葉を信じて、いつか「ばんえつ物語号」を息子と一緒に乗りに行くのだという夢を、強く持ち続けていたいものです。

旅するハイビジョン 全国百線鉄道の旅
http://www.bsfuji.tv/100rail/

「子鉄&ママ鉄の電車ウオッチングガイド」公式ホームページ
http://www.wildwoody.jp/mamatetsu/

2010年1月 7日 (木)

絵本選びも一苦労

月に1度の息子との面会は、私たち親子にとっては貴重な時間です。
笑顔で楽しく過ごすために、毎回何をして遊ぼうか、どんな本を読んであげようか、と考えています。

なかでも、私が大切に考えているのは、「絵本を一緒に読むこと」です。
本来ならば、毎晩寝る前に、お布団に入って一緒に本を読むのが理想でした。
(というか、一緒に暮らしていたときは、毎晩そうしていました。)

息子と一緒に読んだ本。
「こねこのぴっち」「しろくまちゃんのほっとけーき」「さるのせんせいとへびのかんごふさん」「からすのパンやさん」「きかんしゃやえもん」「どんどこももんちゃん」「こんとあき」「リサとガスパールシリーズ」
…他にもいろいろあったはずです。

面会に合わせて、新しい絵本を一冊ずつ用意するのですが、絵本も買うと結構高いものです。
こんなとき、図書館に一緒に行けたらなあ…と思うのですが、今はそれもかないません。

それでも、私は書店に足を運び、面白い絵本を選びます。
今回は、「バムとケロのさむいあさ」と「ひとまねこざる」を選びました。
バムとケロシリーズ、最初は何となく敬遠してしまっていたのですが、面白いですね。
絵も丁寧ですし、ストーリーも愉快で、落ちがあるのも笑えますし。

あと、最近は子供と一緒に論語を読むのが流行っているみたいですね。
何かの折に一緒に読めたら、と、一冊論語の本を買ってみました。
人生のエッセンスにもなるし、教養のひとつにもなるかな、ということで。

さて、息子ももうすぐ小学校に入学します。
絵本を一緒に楽しむことができるのも、あとわずかかも知れません。
「絵本は小学校入学までのもの」というアタマがあった私としては、いつまで絵本を選んであげたらいいのか、小学生でも楽しめる本はどんなものか、と考えてしまいます。

2009年10月 2日 (金)

切り紙を楽しむ。

さて、私たち親子の面会交流(面接交渉)は、相手方の協力もあり、どうにか続けてこられています。
月にたったの1度に1時間という、世間の基準からいっても非常に少なく短い時間なのですが、現状で与えられた時間をめいいっぱい、楽しく過ごすという方向でやっています。

つい先日も、タケシとの時間を楽しんできました。
ファミリーレストランで、1時間程度と限られた中でめいっぱい楽しむには、やはり小道具が必要です。
私たちは絵本や折り紙を楽しむことが多いです。

以前までは、折り紙で手裏剣を作ることが多かったです。
2枚の折り紙を合わせ、色のハーモニーを楽しんだりします。
が、2枚のパーツを互い違いにあわせる所が、タケシには難しいみたいです。

今回は、切り紙を楽しみました。
以前から、手紙やカードに四季折々の模様の切り紙をつけることが多かったのですが、タケシも興味を示してくれてました。
なので、一度トライしてみることに。
折り紙を何折りかにして、切る形を書いたものとハサミを持参し、タケシの目の前で実演しました。
タケシは目を輝かせ、「やってみる!」とすぐにハサミと紙を手に取り、チョキチョキと切り始めました。
簡単な直線の形にハサミを入れ、紙をそっと広げると、お星様の形が!
私もいつも不思議だなあ、と思いながら、紙を広げる瞬間をドキドキワクワクしながら見ています。


参考までに:
手裏剣の作り方は、こちらを参考にさせていただいてます。
「あ・そ・ぼ for kids & protectors」より
http://www1.odn.ne.jp/asobo/4127.htm

切り紙の作り方は、本やこちらのサイトを参考にさせていただきました。
「桜まあち の切り紙 きりえっこ」
http://www.ac.auone-net.jp/~m.sakura/index.html

2009年9月28日 (月)

ニコニコ笑顔の一等賞。

先日、タケシの保育園の運動会を観覧してまいりました。

一昨年はタケシとお別れすることになってしまった、悲しい運命の日でした。
そして去年は、運動会の日時すら聞くことができなかったのでした。
ようやく今年、保育園生活最後の運動会を見に行くことができたのです。

さて、タケシはというと…文字通り「大活躍」でした。

徒競走では、年長組の一番最後のレースが出番で、観客の注目もひときわ集まっていました。
体格も良く、元気いっぱいのタケシは…???
歯をくいしばって一心不乱にゴールに向かって走る友達には目もくれず、コースを大回りし、悠然と笑顔で駆け抜けていました。
まるで、「これは競争じゃないんだ、とにかくみんなの前で走れるのがうれしい!」といった風情でした。
観客席からの声援といっぱいの拍手に包まれ、タケシは嬉しそうにゴールしていました。

そして、年長組の組体操。
他の子に比べても堂々とした体格のタケシは、ラストのクラス全員のピラミッドにて、見事に最下段を務め上げていました。
上に2人ほどのっているような、一番負荷のかかる箇所のようでした。

タケシはずっと、いい笑顔で競技を楽しんでいました。
普段会えない分、息子の成長を色々な角度から感じることのできた一日でした。

2009年9月13日 (日)

胎内記憶。

今、私は息子と辛うじて月1回のペースでの面会を続けることが出来ています。
以前に比べると、触れ合う時間も格段に少なくなってしまっている今、逆に息子の成長に気がつくことが多くなります。
会うたびに乳歯が抜けていて、独特のユーモラスな表情が微笑ましかったり、絵の上達ぶりにビックリしたりします。
今月には運動会が予定されていて、保育園での練習に大忙しのようです。

さて、今日は息子との思い出話を。
息子が丁度3歳になったかならないかのころだったと思います。
以前から、子供の胎内記憶に興味があり、こんなことを息子に尋ねました。

「タケシ、生まれる前にかーちゃんのおなかの中にいた時のこと、覚えてる?」
「覚えてるぅ。(´▽`)」
「何してたのかな?」
「お風呂で、もぐってた。」

…ですって。
ホントかな?誰かが教えたのかな?
それとも、私がいつか口を滑らせてしまったのかな?

そんな疑問もなくはありませんでした。
が、やっぱり私は、「生命の神秘」を信じたくなりました。

今でも微笑ましくなるような、心温まる思い出です。

2009年4月27日 (月)

ステキなママでいたいから。

ちょっと改まってなんですが。。。

私は夫とやむを得ない理由で別居となってしまい、息子とも離れて暮らしています。
自由な面会もままならず、息子を監護する夫の機嫌を損ねれば、一生息子と会えなくなってしまう…
そんな不安の中で、日々ひとりぼっちの寂しさに押しつぶされそうになりながら、必死に暮らしています。

街を行けば、何処に行っても幸せそうな親子連れの姿ばかりが目につきます。
自転車の前カゴに、黄色いヘルメットをかぶった小さな子の姿を見ると、息子の幼き日の姿が重なり、涙があふれてきてしまいます。

「ああ、どうして私は今ひとりぼっちなんだろう…。」
以前よりはそんな感情を抱くことも減ったとはいえ、やっぱり寂しいことには変わりありません。

でも、月に一度のたった一時間とはいえ、息子と定期的に会えるようになってからは、少しは気持ちが変わってきました。

この1時間をめいいっぱい、息子が笑顔で過ごせる時間にしよう、って。

だから、私はずっと笑顔で話しかけるし、息子の話を聞きます。
お絵かきをしたり、絵本を読んだり、折り紙をしたり…。
いつも楽しいところで、おしまいになってしまうのは悲しいのですが。

だから。
厳しいことをガミガミ言ったり、感情的になって叱ったりということもありません。

日常的に一緒にいて、当然のように子育てをしていたころは、考えられなかったことです。
ある意味それは「悲しいこと」でもあるのですが、息子には母親の良い面、楽しいところしか見せなくても済むわけです。

「それって、育児のおいしいとこどりじゃない」
そう思われても仕方がないところはあります。
ただ、自ら望んでそうなったわけではないのです。
私自身に関して言えば、世間の理不尽や夫からの圧力と戦い、ようやく息子と面会するだけの時間を持てるようになったわけです。

悲しいことですが、そんな発想の転換をして、自分自身を鼓舞しています。

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